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H24.12.23赤穂浪士の吉良邸討ち入り舞台の両国から泉岳寺までを歩きました。
赤穂引揚_0196
引き上げコースは以下の通りです。

大きな地図で見る
もう年末になると毎年のように忠臣蔵がやっているので説明は要らないと思いますが、ウィキペディアから引っ張ってきた説明文を。

 江戸時代中期、元禄14年3月14日(1701年4月21日、江戸城殿中松之大廊下で赤穂藩藩主・浅野長矩(内匠頭)が高家肝煎・吉良義央(上野介)に刃傷に及んだことに端を発する。この一件で加害者とされた浅野は即日切腹となり、被害者とされた吉良はお咎めなしとなった。その結果を不服とする赤穂藩国家老・大石良雄(内蔵助)をはじめとする赤穂浪士(赤穂藩の旧藩士)47名、いわゆる「赤穂四十七士」(あこう しじゅうしちし)は、紆余曲折の末元禄15年12月14日(1703年1月30日)未明に本所・吉良邸への討ち入りに及び、見事その首級をあげる。そしてその後の浪士たちの切腹までの一連の事件を総称して、今日の史家は「元禄赤穂事件」と呼んでいる。

今回は、吉良邸のあった両国から、浅野家の江戸屋敷があった築地の聖路加病院、浅野長矩墓および赤穂義士墓
がある泉岳寺へ歩き、そこから電車で皇居に行き天皇陛下の誕生日の記帳をし、松の廊下跡に行き、東京駅から帰るという、約21kmの道のりの様子を紹介したいと思います。

9:00JR両国駅に集合し、南に向かってスタートです。
吉良邸跡は、現在、本所松坂町公園になっており両国駅から約10分ほどで着きます。
赤穂引揚_0008
中に入ってみると。
赤穂引揚_0002吉良上野介義央像が。

そして、
赤穂引揚_0004吉良の首を洗ったとされる井戸。

赤穂引揚_0003どちらが悪いのかは分かりませんが、吉良もそこまで悪人じゃなかったと思うんですけどね~・・・

赤穂引揚_0007職場の先輩方と吉良邸跡で記念写真^^

この公園の目の前には、吉良上総介を祭ってある神社があります。
赤穂引揚_0010


吉良邸跡を後にして、次の目的地に向かいます。赤穂引揚_0012

やっぱり歴史めぐりする人いっぱいいるんでしょうね(笑)赤穂引揚_0013所々にこの様な案内板がありました^^

赤穂引揚_0015で、歩いていくと「芭蕉記念館」なるものが。

ちょっと気になるので入ってみました。
赤穂引揚_0019
開館時間は9:30~。
時間も今9:30なので、ちょうど開いた時間でした^^v
拝観料は一人200円。

何故にこんなところに、芭蕉記念館があるのか、芭蕉記念館のHPを覗くと・・・
芭蕉は、延宝8年(1680)それまでの宗匠生活を捨てて江戸日本橋から深川の草庵に移り住みました。そして、この庵を拠点に新しい俳諧活動を展開し、多くの名句や『おくのほそ道』などの紀行文を残しています。この草庵は、門人から贈られた芭蕉の株が生い茂ったところから「芭蕉庵」と呼ばれ、芭蕉没後、武家屋敷内に取り込まれて保存されましたが、幕末から明治にかけて消失しました。
大正6年(1917)の大津波の後、常盤一丁目から「芭蕉遺愛の石の蛙」(伝)が出土し、同10年に東京府は、この地を「芭蕉翁古池の跡」と指定しました。江東区は、このゆかりの地に、松尾芭蕉の業績を顕彰するため、昭和56年(1981)4月19日に芭蕉記念館を、平成7年(1995)4月6日に隅田川と小名木川に隣接する地に芭蕉記念館分館を開館しました。

あ~ココに住んでたのね(笑)ちなみに芭蕉さんの生まれは三重県だそうです。←これ必要な情報?(笑)

芭蕉記念館を後にし、赤穂引揚_0022万年橋を超えると、
赤穂引揚_0027芭蕉の俳句が。
やっぱり松尾芭蕉にちなんだ街なのですね~深川は。


そしてさらに歩いていくと、2つ目の関係ない寄り道です。^^;
赤穂引揚_0030清澄庭園に立ち寄りました。

赤穂引揚_0032見にくいので、端折って書くと、江戸の豪商・紀伊国屋文左衛門の屋敷があったのですが、その後下関国関宿城主・久世大和守の下屋敷になったんだけど、持ち主がその後居なくなって、荒廃していたこの庭園を岩崎弥太郎が買取り三菱社員の慰安等々に用いた。で、その後、東京市に寄付し、今に至るとの事です。

赤穂引揚_0037ちなみに入園料は150円でした。

赤穂引揚_0040ここはずいぶんと水鳥が居ましたよ^^b

赤穂引揚_0067ぴょこぴょこぴょこってな具合の足跡(笑)

赤穂引揚_0057晴れていれば、写真に結構栄えそうな庭なんだけど・・・

赤穂引揚_0058しかし、昔の人は想像力豊かですよね~。枯山水です。石を川に見立て、大きな池を海に見立ててるんでしょうね。

赤穂引揚_0060花菖蒲園。5月末綺麗なんだろうな~。


赤穂引揚_0072
10:40清澄庭園を出発赤穂引揚_0073

赤穂引揚_0079清澄橋と東京スカイツリー。・・・晴れてりゃなぁ。

赤穂引揚_0087永代橋まで来ました。
元禄15年(1702年)12月の赤穂浪士の吉良上野介屋敷(所在地は現墨田区両国)への討ち入りでは、討ち入り後に上野介の首を掲げて永代橋を渡り、泉岳寺へ向ったという。(ウィキペディアより)赤穂引揚_0092この橋、ドラマでも良く出てくる橋ですよね^^

赤穂引揚_0098浅野邸跡地に向かってどんどこ行きますよ!



赤穂引揚_0102 11:35浅野邸跡に到着です。
赤穂浪士達はココへ立ち寄ったのでしょうか?赤穂引揚_0103
赤穂引揚_0104現在はこのような景色となっております。

あ。ついでにと言ってはなんですが、
赤穂引揚_0105直ぐ隣に芥川龍之介誕生の地の碑があります。ココで生まれたんですね~。

赤穂引揚_0108浅野邸跡には大した時間も掛けず、
お昼ご飯~♪と進んで行きます(笑)

11:45場外市場は激混みと予想し、場外市場外にあるお寿司屋さんに入りました。
入った時はそんなにこのお店混んでいませんでした^^
赤穂引揚_0109
自分は北海丼を注文♪

赤穂引揚_0111 1570円で結構ボリュームあって美味しかった~♪

他の方は寿司(大盛り)1570円を頼んでいましたが11貫出てきて満足されていました^^

で、満腹になって外に出ると・・・赤穂引揚_0112写真には写っていませんが、20人くらいの行列になっていました^^;
うわ~。自分らすげ~いいタイミングでこのお店入ったな~^^;

赤穂引揚_0113満腹になり、気分も良くなった後は、銀座へ向かいます。

赤穂引揚_0115銀座人いっぱい!

赤穂引揚_0116歩行者天国となっていたので、道の真ん中を進みます^^

赤穂引揚_0124新橋を過ぎ汐留の街並み。なんかエセヨーロッパ調(笑)

赤穂引揚_0125浜松町に来ると増上寺の門が見えました^^

赤穂引揚_0129さらに歩いていくと東京タワーも^^
エッフェル塔の様に広い道路の真ん中に見える様に配置するなど、なんか考慮出来なかったのかなと、今でも思います・・・。ランドマークがランドマークとして配置できてないんですよね・・・。

赤穂引揚_0131お昼食べてから2時間。ようやく泉岳寺まで来ました!
いや~疲れた^^;
赤穂浪士達は未明に命のやり取りをしたあと、この道のりを歩いて浅野内匠頭が埋葬されている泉岳寺まで歩いてきました。その距離約12km。命のやり取り。切り合いをした後です。
何を思ってこの道を歩いたのか、どういう思いで泉岳寺に向かったのか、考えてしまいます・・・。

14:20赤穂引揚_0133表の門をくぐると。

赤穂引揚_0134泉岳寺の文字が!

そして目線を右に移すと。
赤穂引揚_0136大石内蔵助像があります。

赤穂引揚_0137本堂でお参りをし。

赤穂引揚_0140赤穂義士墓所へ。

赤穂引揚_0141浅野内匠頭が自害した梅と石をわざわざココに移したのですね・・・。

赤穂引揚_0142ふ~む。ここでも吉良の首を洗ったんですか・・・

赤穂引揚_0144そして、主君に墓前に供えたのです。

赤穂引揚_0149赤穂浪士のお墓の配置はこの様になっております。

赤穂引揚_0146綺麗に整備されていますね・・・

一番右奥に大石内蔵助のお墓が。赤穂引揚_0147 300年経っても綺麗に祭られています。

こうなると仇討ちされた吉良のお墓はどうなっているのだろう?と気になるところです。


泉岳寺を後にし、今度は地下鉄を乗り継いで皇居へと向かいます。
15:30がリミットでこの時間までに、坂下門をくぐらなければなりません!
赤穂引揚_0153このとき15:16「15:30で記帳を締め切らせていただきまーす!!」
警察がわれわれを急かします^^;

赤穂引揚_0154普段入れさせてくれない所に入るせいか、ボディーチェックが厳しいです。
かばんの中を見せ、ポケットの中のものすべて出し、変なもの持ってないかチェックされました^^;
空港並のチェックを受けましたよ。

全く動かない門番さん(ちょっとガン見してしまいましたが、全く動かないんです!!動いてたのは目のみ。・・・すごい)が居る坂下門をくぐると、
赤穂引揚_0156宮内庁の建物と、
赤穂引揚_0157記帳台があります。

天皇陛下誕生日おめでとうございますm(_ _)m

記帳後、退門するため、大手門方面へ。
赤穂引揚_0161富士見櫓が夕日を受けて綺麗です。

赤穂引揚_0166ここで、自分が「富士見櫓の下まで行ってみたいです!!」と提案。
んじゃ~ココまでせっかく来たし疲れてるけど行ってみるか!ということに。

赤穂引揚_0168
赤穂引揚_0169富士見櫓の中には入れないのですね(泣)

今度は天守閣跡に向かっていくと・・・あれ!?
赤穂引揚_0170松の廊下ってここにあったのですね!?
「浅野殿ー!!殿中でござるー!!!」赤穂引揚_0171松の廊下全く調べずに、また、松の廊下跡に行く気も全く無かったので、まさかココでつながるとは!!
「天皇誕生日でなければ、はるごんが富士見櫓行きたいと言わなければ、ここには来なかったね。なんか引き寄せられたのかな~?」とメンバーのうちの一人の先輩がしみじみと言ってました。

なんか、運命を感じたので、通りかかった人に集合写真を撮ってもらいました。
赤穂引揚_0173松の廊下跡で。

赤穂引揚_0176またもや警察官の方がわれわれを催促します。 
「閉門まであと10分で~す!!速やかに門から出てくださ~い!!」
天守閣跡登らせて・・・

赤穂引揚_0181うん。まあ。何も無いのね。
せっかくだから、名古屋城や大阪城の様に復元すればいいのに・・・
赤穂引揚_0179しかし、建てて19年で火事で燃えたって悲しすぎる・・・

赤穂引揚_0185もう16時のリミットなので、天守台近くの北桔橋門近くから外に出ました。
・・・入ってきた門から反対側ですよ^^;
また、東京駅まで歩かないといけないのですね・・・

赤穂引揚_0193
東京駅に向かうまで、夕日が綺麗だったな~・・・。

赤穂引揚_0202

16:45またもや自分が「せっかくなので、東京ミチテラス2012見ていきましょうと提案。

居酒屋を探し、プロジェクションマッピングによる映像ショーが始まるまで、生ビールで「かんぱ~い!!」
超うまかった(笑)

18:00を過ぎたので、お店を出て丸ノ内へ。
赤穂引揚_0207
ちょ、チョ~人いっぱい^^;
ってゆーか迷子になる^^;
人も道路にあふれてるし^^;;;

と思ってたら、
「本日、プロジクションマッピングによる映像は、お客様の安全を確保できない状況の為、中止いたします!!」
え~~~~!!楽しみにしてたのに・・・まあ危ないってのは同意出来ますね・・・

仕方ないので、東京ステーションホテルのバーに寄って行きましょう!と提案。
今回初参加の先輩が「み、みんなタフだね~^^;」呆れていました^^;

ちなみに忘れてると思いますが、一応自分病み上がりっす^^;

けれど、やっぱり考えることは同じ様で、バーも混雑してて入れず・・・
CMの吉永小百合が座ってた席にちょっと座りたかった(笑)
赤穂引揚_0209丸ノ内側の南口。
も~中止と分かって帰る人。中止と知らずこれから見に行こうとする人で、混乱していました。
赤穂引揚_0211

赤穂引揚_0214
この状況だと南口から入るのは危険と判断。地下を通って国際フォーラム方面に向かい京葉線乗り場へ。

19時の電車で千葉へ帰りました^^
電車の中で、携帯電話の万歩計&距離が出るアプリを起動してた先輩が、35000歩、21.8km今日歩いたよ!と。
がんばりましたね~。


今日は9時から19時まで10時間、35000歩、21.8kmの東京街歩きでした^^
街歩き、って色々勉強になるし、色々な発見があって楽しいですよ^^
山歩きも好きですが、街歩きも結構好きなはるごんでした^^
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